歌舞伎町で働いていたあの人を思い出す。あの人はデリヘル嬢だった。その言葉の意味さえも知らなかった私は、デリバリーの意味は何となく分かっても、ヘルスって健康ランドかなんかの事かと思っていた。デリヘルの意味を知って、ふうん便利な配達があるものだなと思った。女の子が運ばれて来るなんて、世の中は便利なんだなって、少女の頃の私は思っていた。

少女の頃は、運命の出会いを信じて待っているような乙女チックな人間だったから、世の中のことを全く何も知らなかった。電車の乗り方さえも知らなかった。今はタッチするだけでスイスイ改札を通れるカードがあるからいいなと思う。

話がどんどんそれていく。それながらまた忘れて行く。
歌舞伎町で働いていた女性は、当時渋谷のカフェの店員さんもやっていた。二足のわらじってやつですね。私は二足どころか一足のわらじも脱ぎ捨ててしまって、裸足の足の裏に石ころが一杯ついている。
あれ何で今わらじの話してるんだっけ。

わらじといえばわらじみたいなカツ丼ありますよね。あれ本当に美味しいです。不倫相手と食べに行ったことを思い出して、不倫なんてするのは世間知らずだからだと一万回ぐらい聞かされたことを、カツ丼の旨味と香りとともに思い出します。
食べ物を美味しいと感じる時の感動ってすごいですね。私は今歌舞伎町のあの人を思い出しながら、どういうわけか、関係ない不倫の話まで思い出し、カツの旨味までも感じている。そうか、この世界って全てカツ丼的な何かなんだ。思い出も懐かしさも、カツ丼なんだ。たぶん。
この街の空の下、一体何人のデリヘル嬢が闊歩しているのだろう。風俗という大きな枠でなく、あくまでデリヘル嬢のみと考えただけでも何れほどの女性が存在するのだろうか。東京の空の下に存在する人の数は余りに多いから、地域に絞って考えてみる。たとえば、渋谷。ううんそれでもあまりに数が多すぎる。

山手線で新宿から渋谷に到着するまでの数分間、必ずそんなことを考えてしまう。椅子に座らず立っているから、窓の外の景色をよく見ることができる。この街で一日にすれ違う人の数は余りに多い。出会いといってもただすれ違うだけの関係で。すれ違う瞬間に顔を見ても、次の瞬間にはもう忘れている。

夕方公園で一服する。一服しながらまたそんなことを繰り返し考える。女の子を見るたびにこの確率について考えてしまう癖はどうなんだろう。広告車の側面に「運命の恋」と書いてあった。運命の出会いとは予期せぬ時に訪れるものだから、たとえばデリヘル嬢を呼んだら知人であったりとか、そういうこともまた運命的な出会いだといえるのではないだろうかと思った。
それを考えるとデリヘル嬢の中に知人が居るという確率についても延々と考えてしまうわけで、もうまったくきりのない話になってしまう。辺りは暮れて行き、人の数はまた増えて行った。
渋谷が森だったらいいなと思う。もう辺り一面は緑という緑で。それで、どこまで歩いても人なんて居ない。帽子をかぶった人が遠くに見えたと思ったら、それは大きな茸だったりする。
風俗街を飛び回る小鳥達。小鳥かと思ったらデリヘル嬢だった。ツバメが餌を運ぶように何度も何度も同じ場所を行ったり来たりする。

そんな夢を見た。渋谷の街の匂いも、木々の爽やかな香りに包まれたらいい。すっぱい匂いさえも、これは木に茂った柑橘類なのだ。デリヘル嬢、ではなく小鳥達が木の実をついばみにくる。そして、夕刻には蝙蝠が群れをなし、駅のホームに吸い込まれて行く。

ホテル街を歩く不倫のカップルは、お城の裏口から抜け出し、許されぬ恋に身を投じた二人に見える。たむろする若者たちは、蝶の群れのようにひらひらと舞っている。出会いを求めるのなら、この森の中にある全ての美しい光景を見てからにしておこう。


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